建築には、単なる材料の堆積でしかない沈黙の建築、用途を満たしてその性格をはっきり表現した語る建築、そして芸術的感銘があふれた歌う建築がある、といったのはフラ ンスの詩人ポール・ヴァレリーである。そして「きみはこの街を散歩するとき、街に群 がる建物の中で、あるものは黙し、あるものは、これが一番まれであるが、歌うという ことに気づきはしなかったか」と、建築への思いをつづっている。 詩人の鋭敏な感性によってとらえられた印象とはいえ、それは建築の魅力や楽しさを教 えてくれる。きみもこのような関心を持って街中を歩いてみてほしい。きっと今まで気にもとめなかった建物の一つ一つに対し、いろいろな思いや考えが浮かんでくるだろ う。これこそが建築を学ぶことの始まりであり、目標でもあるのだ。


 建築の条件について少し考えてみよう。建築の本質は、その空間にある。というと当たり前のようだが、誤解を恐れず、建築の目的は形態にあるのではない、といったらどうだろう。帝国ホテルの設計者、フランク・ロイド・ライトは「建物の真実性は壁と屋根 にあるのではなく、住まうべき空間に存在する」といっている。生活上の機能をみた し、同時にそれにふさわしい場所感覚をもたらす空間である。つまり、造形は手段であ り、その結果である形態は、空間内容の演出役という関係になる。建築の性格が純粋な 造形芸術とはやや異なる点がここにある。 日本建築史上に有名な桂離宮を思い浮かべてほしい。内部は、書院造りや数奇屋などの形式がきわめて繊細な部材と比例感覚によって表現されている。また、均整のとれた立 ち姿で雁行する建物と回遊式庭園とが、互いの境界部分で深く絡み合うなどして豊かな 外部空間をつくり出している。そこには、伝統的な日本空間の洗練化に向けた数々の試 みと努力の跡が見出される。空間の創造とは、解のない問いに挑むようなことでもある。建築にかかわる人々は、さまざまに問題意識を重ね、時代にふさわしい、あるいは先取りする空間を目指してきた といえよう。 ところで、歴史上、名建築といわれるものは、もっぱら時の権力者の願望に基づくものであったといえる。しかし、今日ではすべての施設が対等に建築の対象であるべきだ。 どのような条件の施設に対しても、そこに必要とされる生活行為と願望を明確に把握 し、空間に反映させていける、より客観的な計画性と空間構想力、そして造形力が求め られているわけだ。 しかも、個としての建築という視点ばかりでなく、隣り合う建物相互の関係、その延長にある街並みへの影響など、全体から考え、発想する視点が重要になってきている。その最も大きな枠組みが都市の計画であろう。そこでは、地域の用途配置や性格づけ、あるいは道路と交通 の仕組みなどを踏まえ、都市の生活空間とその将来像を考える。都市や地域を生物に例えるなら、建築はその器官や細胞のようなものであるから、この視点は常に意識されなければならない。つまり、建築を考えるということは、個々の生活と社会について、空間のあり方を軸に考えることだといえよう。


 これまでは「空間を考える」ということに関連して述べてきたが、建築のもう一つの側面 に「いかに造るか」というテーマがある。建築はさまざまな作用を受ける。それ自体の重さや人・物の重さ、雪・風・地震などの 外力、あるいは雨や暑さ寒さなどの影響である。これらの作用に抗して空間を保つためには、骨組みの原理と、材料の性質や耐久性を踏まえた構造と材料計画が必要となる。次に、居住環境の物理的な要素を問題にして、室用途に適した温湿度、空気衛生、明るさ、音などを調整する、環境計画上の方法も重視される。都市化によって自然状態にまかせたのでは必要な環境水準が得られないことや、特殊な環境を必要とする空間が多くなってきたからだ。これには材料や設備装置の計画も関連する。「いかに造るか」の最後のテーマは、文字通 り、どんな順序でどんな方法によって、し かも安全に効率よく造り上げるかにある。最近の建築は単純な形態ではないものが多くなっているし、大規模なものも目立つ。模型をつくるのとは違うから、段取りに優れた 施工計画が最大の目標となる。横浜ランドマークタワーや札幌ドームなどの建築は、安全性、快適性、合理性がこれまで述べてきたさまざまな分野の最先端技術によって追求された最も典型的な例といえる わけだ。


 一口に建築といっても、さまざまな分野によって成り立っていることが理解されたと思う。大別 すれば、空間造形の領域と工学技術の領域である。その両方の素養を深めてい くことが目標となるが、どちらにも優れなくてはならないというものでもない。社会では、先に述べたような分野との関連で、行政マン、プランナー、デザイナー、構造技術者、設備技術者、施工技術者など、いずれかの専門家として活動することになるから だ。大切なことは相互の関係を理解していることである。むしろ、生活の器を作る専門 家としては、人文・社会科学的関心を失ってはならないというべきであろう。さて、北海道の生活は北方圏特有の厳しい気象条件の下にある。生活の豊かさを拡大するためには、とりわけ寒地建築の技術や空間の手法の確立と技術者の育成が望まれると ころである。本学建築学科は、建築一般の教育研究と共に、この要請に応えるために、昭和43年に 設立された。現行のカリキュラムでは、建築各分野の専門性にも配慮して、低学年時で 建築全般の基礎的素養を身につけ、高学年時で意匠・計画系、構造材料系、環境設備系 の各専門分野の科目を自己の適性や興味に基づいて履修できる構成をとっている。また、本学科の設立趣旨にのっとり、寒地建築や雪氷学といった科目を組み込むなど、特 色化に努めている。卒業生は、昭和47年に一期生を送り出して以来3300名を超えており、全国各地で活躍 している。就職先も、道内外の大手建設会社やハウスメーカー、意匠や構造などの設計事務所関係、官公庁関係のほか、開発企画・不動産関係、教育・研究機関など広範囲にわたっている。特に、北海道庁や札幌市をはじめ道内各市町村の官公庁には、多くの卒業生が奉職している。建築の仕事は、その成果 が他の人々の目に見える形で残るものであり、それだけに影響 が大きいのである

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Hokkai Gakuen University Dept. of Architecture